晩節を全うする


地頭向上プロジェクト

 うちのクライアントで、今、「地頭向上プロジェクト」というのをやっている。
 新聞を読んで時代の流れを知り、本を読んで頭の中にあるワーキングメモリーという機能を活性化して頭を良くしようとする試みだ。
 そもそも頭が良いとは、脳の中の三つの記憶装置のうちの一つ「意味記憶」にたくさんの情報を格納されていることであり、それを情報を使い目で見たり耳で聞いたりしたことをワーキングメモリーという処理装置で効率的に処理できることである。
 つまり頭が良くなるためには、意味記憶にたくさん蓄積しなくてはならず、そのために新聞と本を読んでもらっている。
 もう一つの機能、ワーキングメモリーを鍛える最もオーソドックスな方法が読書であり、これも読んでもらうことによって鍛えられる。

 そして、読んだことを報告書にして発表する。
人は見たり聞いたりしたことを本当の意味で記憶する(意味記憶に格納する)には、一旦、アウトプットしなくてはならない。
この一旦アウトプットする役割を報告書と発表に果たさせている。
 そして、ディスカッション。
自分の意見だけでなく、人の意見からも学び、それで自分の意見を修正していく。
 最後の仕上げは、ディベート。
あるテーマについて賛成の立場と反対の立場からものを考える癖をつける。
 これで地頭が出来上がる。

「学ぶ」ということ

何のための地頭か。
 コンサルティングをしているとある期間経つと効果が出る。
しかし、やる意味がわからないと私がいなくなった後で活動は絶え、もとに戻ってしまう。
 時代、どんどん変わっていく。
下りのエスカレーターに乗っているがごとく、何もしていないと時代遅れになる。
つまり、一度成功しても、それを発展させないといつかは時代遅れになる。
 私が去った後で活動が停滞しないように、なくならないように、自分たちの頭で時代の流れを感じ、教えたことを発展させて欲しいと思い、地頭向上プロジェクトを立ち上げた。
 学ぶことの必要性を理解し、学ぶことを楽しく思い、自らの意志で学び続けて欲しいと思いプロジェクトを立ち上げた。
 学ぶことの意味は大きい。

福沢諭吉の学問のススメ
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう? それは甚だ明らかだ。
賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。
 → 学ぶことの意味:偉くなる、お金持ちになる
孔子の言葉
すぐれた人格は、学問によってできあがる
 → 学ぶことの意味:人格を磨く
正岡子規の決意 坂の上の雲 第1巻 P116 正岡子規が東京に行く時の書簡
 功名は天下衆人があらそうて得ようとするところのものである。しかしながら、功名は金持ちや貴族の専有物ではない。学べばわれわれ庶人の子も公卿になることができる
 私どもは公卿になることのみを欲しないが、しかし社会の上流に立とうとおもっている
それは学問を勉強する以外にない。
→ 学ぶことの意味:社会(会社)で上に立つ

「心理学」から「哲学」へ

 昨年は「心理学」を盛んに学び、災害ゼロ、ポカミスゼロ、モラルアップの各アプローチに磨きがかかった。
 しかし、今年に入り宮城谷の「孔丘」を読んだことがきっかけで、孔子、論語、孟子、老子、荘子など「哲学」の世界に入り込んでしまった。そして、菜根譚。
 「心理学」は、一言で言ってしまうと、どう相手をコントロールするかという冷たい言い方がフィットする学問である。(私見)
それに対し、「哲学」は自分がどういう生き方をするべきかという内面を磨く考え方であり、人生の終わりに相応しい学問であると思った。(これも私見)
 しかし、心理学が主に欧米で発達し、哲学が中国(東洋)で体系化されたことを考えれば、この2つは見事に融合するのではないか、と思った。
 和魂洋才である。
 「心理学」は人の心の動き(考え方)を理路整然と説明し、「哲学」は経験測で説明する。
 「心理学」はほぼマスターしたが、「哲学」は今学習している最中である。
 今年の終わりには、「モラルアップへのアプローチ」=「心理学からのアプローチ」+「哲学からのアプローチ」が紹介できると思う。

はじめの夕日の意味
菜根譚から 前集199項 晩節を全うする 陽が沈んでも、夕映えは美しく輝いている。 年の瀬が来ても、橙(だいだい)や橘(たちばな)はさらに芳しい。 故に、晩年になってこそ、上に立つ立派な人間は百倍の精神力を発揮すべきなのだ。つまり、もう終わりだという時期こそ、最後のチャンスがあり、頑張り次第で光り輝けるのだ。 言換えれば、活人は、有終の美は諦めない者には用意されているということを潜在意識に記銘しておくことだ。

私は有終の美を飾るために最後まで学び続ける

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